奇跡への期待

プライベートで北海道に帰りました。フェリーに乗って車を積んでの帰郷でした。車を移動させながらサリドマイドの仲間と旅しました。

非常に印象に残っていることがあったので、書き留めたいと思います。

サリドマイドの現況を知れば知るほど、それぞれのバックグランドの違いなどから課題も異なり、問題を解決することへ困難を感じます。

確かに、「結婚している、していない」「子供がいる、子供がいない」「親がいる、親がいない/他界している」「経済的に困っている、困っていない」など、障害の重い軽いだけではない、様々な状況の違いがあります。

仲間と話していて、今後の自分たちの話になったときに「困っていない人に、困っている人との共感を求め協力してもらうことは、現実的ではないのではないか」という話が出ました。

私はサリドマイドの困窮する状況を理解してもらえば、サリドマイドの仲間もそうでない人たちからも、いずれ理解や協力が得られると思っていました。

しかし、私の考えは甘すぎるのかも知れません。

というのは、私はアメリカのカリフォルニア大学バークレー校で障害者の自立支援について学んだ経験がありますが、30年以上前のアメリカにおける障害者への理解/支援の状況に、2025年になっても日本はまだ追いついていないと感じています。

障害がある人が日本社会で生きていくことは困難が多く、障害の程度に関わらず生きにくさから脱却できていません。みな自分のことでせいいっぱいで、人のために頑張れと言われても、これ以上は頑張れないということなのでしょうか。

でも、私たち障害者はこれからどんどん間違いなく歳を重ねていくので、今より状況が良くなることはなく、いずれ私も自分で生きていくことはできなくなると思いました。誰かの手を借り生きることから、逃れられないのではないでしょうか?

結局、私はこの運動をやらないよりはやった方がいいに決まってる、そう思う次第です。

これまで頑張って生きてきた人々に奇跡の一つくらい起きても、いいのではないだろうかと思いました。

増山ゆかり

増山ゆかりさんの発言

サリドマイドシンポジウムにて

なんのために生まれ、なんのために生きるのか
増山 ゆかり

昨年の春、私は還暦を迎えたという区切りもあり、久し振りに故郷の北海道に帰りました。幼少期を施設で育った私の友人の多くは、私と同じサリドマイドです。未知の身体で生まれた私たちは大人になれないと言われ、経過観察の意味もあったのでしょうが、東京の施設に集められ治療や訓練を受けていました。苦しい時期を共に乗り越えた戦友のような存在です。

そのひとりが入院したと聞いて、お見舞いに行こうとしたことが帰郷のきっかけでもありました。ヘルニアの悪化で歩けなくなった友人の姿を見て、強い衝撃を受け言葉が出てきませんでした。足を使う私たちは、足が使えなくなると、自立した生活を送ることはできなくなります。これが自分たちの運命だと受け入れている友人のために、私は私のできることをしなくてはと思いました。なぜあらがおうとしなかったのだろうと自分に腹が立ちました。

サリドマイド被害者が多いドイツに行けば、なにか問題解決の手がかりがあるかもしれないと思い、気がつけばドイツ行きの飛行機の中でした。彼らは国や製薬会社と交渉し、十分に治療を受けるために年金の増額をし、病院にはサリドマイド外来が設置されるようになっていました。「新たに救済を受けたのではなく、自分たちの権利を行使しました。尊厳ある人生を取り戻したかった」と話してくれました。

私は日々の生活の中で、雨が降っても傘はさしません。傘はさせないので濡れて歩くだけです。ひとりで外食するときは、食べたいものを食べる習慣はありません。自分で食べられるものを食べています。洋服は着たい服ではなく、自分ひとりで着られる服を買います。

生まれたときは心臓が悪く、いつ死んでもおかしくないと言われました。 成長と共に体力がついて、今日があり明日がくるという人生を歩き出しました。そんなときに両親が離婚し家族はバラバラになり、あっという間にひとりぼっちになってしまいました。家族と暮らす経験がない人生でした。

また未知の身体で生まれるということは、想像以上に厄介なことでした。

いたるところに奇形や欠損があるために、病気をしても普通に治療ができません。例えば私の場合は顎に低形成があり、一本でも入れ歯は入れるのが難しいことがわかりました。ガンを患った時に、血管が細く造影剤や抗がん剤を使うことが難しかったのです。薬が作り出した未知の体は、人類にとって初めての体であり、これまで人類が蓄積してきた医療技術の、恩恵を授かることはできません。

ある朝、私は突然起き上がれなくなりました。これは何度か繰り返される症状です。首から背中にかけて激しい痛みに襲われ、呼吸をすることもやっとの状態になりました。夫に抱えられ病院に行き検査をしましたが、結局どこからくる痛みかわからず、治療はできないと湿布薬を渡され帰されました。一ヶ月ほど寝たきりになり、徐々に痛みがなくなり、ようやく元の生活に戻っていきました。どんな体なのか研究され尽くしていない私たちですので、今の状況では病気になっても治療方法は永遠に手に入りません。

誰にとっても完璧な人生はないし、嘆いたところで現実は変わるわけではないので、みな「苦しいのは自分だけではない」と言い聞かせ、スポーツを楽しめなくても、趣味を楽しめなくても、治療ができない体でも、不平不満も言わず今日まで来ました。諦めることを「よし」とする生き方は潔く、ある種の美しさがあります。私の幸せのありようを表してはいるように思うのです。自分が生きたいように生きてきたのかというとそうではありません。ときどき誰かに詫びたい気持ちになりました。いったい誰に何を詫びればいいのかわかりませんでしたが。

いま、私が思うことは私たちの問題は別の誰かの問題であり、特殊な状況にある自分たちが我慢さえすれば良い、ではないのだということです。この問題を改善することは、誰かの明日の生きるにつながっていると思います。

堂々と風を切って生きたい

以前にヨーロッパで開かれていた、サリドマイド国際会議に何度も出席しました。世界中からサリドマイドが集まり、それはそれは壮大なイベントでした。ドレスアップして、Welcome partyで踊って歌い、パラグライダーに初めて乗って、ドライバーと格闘しながらゴルフもして、山盛りの貝を食べて、初めてづくしの目まぐるしい時間を過ごしました。でも、若かった私にできなかったことは、タンクトップを着るということです。障害がある部分も気にせず、みな手や足をポンと出して颯爽と過ごす姿が、風に向かうライオンのようでした。

人として憂いをまとわない姿、尊厳ある生き方をしているとは、こういうことなのかと思いました。私はすぐ真似をしたくてタンクトップを買い、街を堂々と闊歩しようと頑張ったのですが、タンクトップを着ていると落ち着かず着るのをやめてしまいました。ああ、なんてこと。

私は外出先では、食べたいものは食べません。食べられるものを食べます。雨が降っても傘はさしません。濡れて歩きます。髪型も好きな髪型ではなく、手間がかからないことが最優先です。

私の服の基準は、自分で着れる服ということなので、タンクトップは条件を満たしているにも関わらず、着てこなかった唯一の服です。

ああ、自由に生きるってどういうことだろう? 尊厳ある生き方ってなんだろうと今でも悩んでいます。人生が終わる前に決着をつけたいです(笑)。

人に尊厳を認めさせることより、自分を納得させることの方が難しい。自分を恥じることなく、いつでも堂々と風を切っていたいです。

生まれ変わったら

シンポジウムの証言者の声の準備のために北海道を訪れました。インタビューをしているところをビデオに撮り、シンポジウムの会場で流すためです。続・薬禍の歳月では「何かやらなきゃ」で終わっているので、その後を紹介できないかとNHKの方も取材のため同行していました。

私はインタビューの最後に、「生まれ変わったら何になりたい?」と笑顔で質問しました。障がいがあるものにとって現世ではできないことが多く、来世では思いを果たしたいと思うもので、私には特別ではありませんでした。

インタビューを受けた相手も、普通に考え答えてくれました。その後、周りにいた人から私の質問に驚いたと言われました。「いやいや、普通のことです」と思ったので、驚いたと言うことに驚きました。

私だってバイクに乗って走りたいし、濡れないよう雨の日は傘をさして歩きたいし、しゃぶしゃぶだってカニだって、たらふく食べたいんです。でも、誰かの手を煩わしながら生きるって辛くて、やりたいことは全て来世でと思っています。
ちなみに私が来世でなりたい職業は農家さんです。
生きる権利の行使は、常に理想と現実の間にあると思いませんか?

サリドマイド・サバイバーの尊厳とは?

最近、よくchatGPTを使うのですが、愉快なことがあったので記事にしてみます。chatGPTにシンポジウムのチラシを作らせようと、自分の赤ちゃんのときの写真を使って、絵を描いてもらおうとしました。

そうすると、この写真を絵にすることは、写真に写っている子どもの尊厳を傷つけるからできないと言うのです。自分の絵なので問題ないのではと言うと、世の中にはいろいろな考えの人がいて、必ずしも好意的にみてくれるとは限らないと言うのです。で、私は、私の姿は人の目に晒してはいけない姿なのか聞いてみました。

結局、社会に問題を提起しようとするときに、カラダを張った行動は必要だと納得してくれました。しかし、差別や偏見を助長することになることはできないようプログラムされているので、別のことでお手伝いしたいと言ってきました。

確かに、尊厳のある生き方を主張するために、自分の生活や個人情報を晒すしかなく、尊厳を得るために尊厳を捨てるみたいな状況は、あるあると思う私です。