国際サリドマイドシンポジウムが楽しみ

皆さん、こんにちは。

6/22に初めて行われたサリドマイドシンポジウムは、時間はちょっと足りなかったようでしたが、多くの参加者が来場し、展示や販売も見入っていただけて、主催者の増山ゆかりさんも喜んだお顔で、NHK取材も快く受けておられました。

私のスピーチも聴いていただけたし、己書作品も思ったより多くの人に買っていただき大変嬉しく思いました。

また、大学の先生たちとも出逢え、講演を依頼したいと申し入れもあり、収穫や甲斐があった一日でした。あれから早くも一ヶ月が経ちました。

私の二次障害が特に心配なのは、スピーチで話しましたように口呼吸しかできないため、車の排気やタバコの煙や見えないホコリを吸い込んでしまい、加齢によって免疫力が落ち、肺の病気になることです。

サリドマイドには、聴覚障害者も30%いることはほとんど知られていません。その聴覚障害者の中で積極的に表に出るのは私しか居ないことに気付き、勇気をもって世間にもっともっと理解を広めていき、偏見と差別のない社会をつくりたいと思っています。

亡くなられたミステリー小説家の西村京太郎氏もサリドマイドのことを書き、賞をもらったあとサリドマイドの映画を作ろうとしていたようでしたが、サリドマイド当事者の強い反対で立ち消えになりました。
確かに、サリドマイドのみなさんは、今でも大変辛い思いがありますが、日本だけでなく、世界中にサリドマイドの皆さんがいることを多くの人に伝えたいです。

私は、まだ外国のサリドマイドのかたと会ったことがないので、国際サリドマイドシンポジウムに参加するのが楽しみです。

日本己書道場公認 道場師範 河口智彦

サリドマイド被害者連邦協会へのリンク

FBに当サイトのことを書いたら、ドイツのかたがサリドマイド被害者連邦協会(ドイツではサリドマイドのことをコンテルガンと呼ぶので、コンテルガン被害者連邦協会と訳されることもある)へのリンクを貼ってくださいました。

ドイツにはサリドマイド財団という財団があり、そこがサリドマイド被害を受けた方々に対して資金的な補償や支援(年金、特別支給、医療費補助など)を提供しています。それは日本でいえば「公益財団法人いしずえ」に当たるでしょう。

今回リンクしてもらった団体はそれとは異なり、被害者の皆さんが自ら設立した団体のようです。

ドイツ語のWikipediaの翻訳は以下の通り。

サリドマイド被害者連邦協会は、サリドマイド被害児童の親のための地域利益団体連合として1963年に設立されました。当時の焦点は、親同士の経験の共有と、シュトルベルクに拠点を置くグリューネンタール社に対する裁判でした。会長には、1963年から1967年まで裁判で被害者側弁護士を務めたカール・ヘルマン・シュルテ=ヒレン氏、 1972年から1991年までハンス=ヘルムート・シュライフェンバウム氏、 1992年から2014年までマルギット・フーデルマイヤー氏が就任しました。今日、連邦協会は、コンテルガン・ネットワーク・ドイツなど、サリドマイド被害者のための多くの利益団体の一つとして存在しています。

連邦協会は当初、テレビ映画「Eine einzige Tablette (一錠の錠剤)」をめぐるグリューネンタール社とツァイトシュプルング社間の法廷闘争において「中立」を宣言していたが、映画の公開後の世論の圧力によりコンテルガン年金は倍増した。

マルギット・フーデルマイヤーはコンテルガン財団の評議員会のメンバーでもありました。元副会長のトルステン・アルブレヒトは、他の2名の諮問委員会メンバーと共に、コンテルガン財団の研究諮問委員会のメンバーでもありました。

せっかくリンクしていただいたので、そのサイトの内容を少しずつ日本語訳してこちらで紹介していきたいと思います。ページの先頭にあるメニューの「サリドマイドについて」にポインターを置いて、現れてきた「ドイツ・サリドマイド被害者連邦協会」をクリックすれば情報が読めるようになっています。

ドイツ・サリドマイド被害者連邦協会のトップページへ

国際サリドマイドシンポジウムに向けて

サリドマイド障害を抱えた当事者と、何も抱えていない一般の人では、完全に同じ視点でその問題点を見つめるのはなかなか難しいかもしれません。
さらに、同じサリドマイド当事者であっても、障害の程度が軽いとか重いとか、体のどの部位に障害を負ったかとか、経済環境や家庭環境などによっても問題意識は異なります。

私は両腕と両足に著しい欠損を負いました。
残念なことに、日本で認定されたサリドマイドの中で、私と同等の足の障害を持つ人はいませんでした。
外に出るには車イスが不可欠ですが、サリドマイドの集まりに参加しようと思っても会場がまったく車イスでは近寄れない設定になっていることがたびたびあって、そのたびに「ああ、私は部外者扱いなんだ」と思い知らされました。
たった一人しかいない車イス利用者のために会場を配慮できないということだったのでしょう。
それがずっと続いてきたので、私はサリドマイドの親睦会だのフォーラムだのという案内状を受け取るたびに、不満や不信感が静かに蓄積していくのを感じていました。
今回、増山ゆかりさんからこの活動にお誘いをいただくまでは、私はもう今後サリドマイドの人たちに関わることは一切ないだろうと思っていました。
実際、親しい人もいないし、先述のとおり、集まりに参加する機会も奪われてきたし、今さら参加したとしても話が合わないだろう。
そう思ってきたし、今もこの思いを覆すには至っていません。

でもこれは仕方のないことです。
他人が何に困っているのかなんて私たちは簡単には想像できませんから。

それではドイツではどうなのでしょうか。
日本の約10倍ほどの被害者がいるドイツでは、当事者間の格差はさらに複雑に複合しているのではないかと思います。
けれど彼らは団結して、薬禍の発生から60年が過ぎた今、あらためてサリドマイドの二次障害を訴えて世論を動かすことに成功しました。
どうやって団結できたのでしょうか。
意思疎通をはかり、呼びかけあい、互いの環境のギャップにどう折り合いをつけていったのか。

2025年10月、そのドイツの当事者の方たちと国際シンポジウムという形で情報交換できる機会が与えられました。
シンポジウムの会場は東京です。
私は、上記した当事者間の格差について、どう向き合っていかれたのかをぜひ聞いてみたいと思っています。
とはいえ、若い頃と違って、車イスで長距離の旅に出るのはホテルや交通機関の手配だけでかなりのストレスです。
いろいろと不安が尽きません。
唯一の救いは、増山さんがかなりバリアフリーを意識して会場探しをしてくださってることです。
このことがどれだけ私の背中を押してくれてるかわかりません。
10月。一度は放棄しようと思ったサリドマイド当事者たちとの関りがどうなっていくのか、また、私自身の気持ちがどう変わっていくのか、いろんな発見を期待して上京しようと思っています。

中野寿子 http://marobine.holy.jp

国際サリドマイドシンポジウムは10月中旬に東京都内で開催の予定。

奇跡への期待

プライベートで北海道に帰りました。フェリーに乗って車を積んでの帰郷でした。車を移動させながらサリドマイドの仲間と旅しました。

非常に印象に残っていることがあったので、書き留めたいと思います。

サリドマイドの現況を知れば知るほど、それぞれのバックグランドの違いなどから課題も異なり、問題を解決することへ困難を感じます。

確かに、「結婚している、していない」「子供がいる、子供がいない」「親がいる、親がいない/他界している」「経済的に困っている、困っていない」など、障害の重い軽いだけではない、様々な状況の違いがあります。

仲間と話していて、今後の自分たちの話になったときに「困っていない人に、困っている人との共感を求め協力してもらうことは、現実的ではないのではないか」という話が出ました。

私はサリドマイドの困窮する状況を理解してもらえば、サリドマイドの仲間もそうでない人たちからも、いずれ理解や協力が得られると思っていました。

しかし、私の考えは甘すぎるのかも知れません。

というのは、私はアメリカのカリフォルニア大学バークレー校で障害者の自立支援について学んだ経験がありますが、30年以上前のアメリカにおける障害者への理解/支援の状況に、2025年になっても日本はまだ追いついていないと感じています。

障害がある人が日本社会で生きていくことは困難が多く、障害の程度に関わらず生きにくさから脱却できていません。みな自分のことでせいいっぱいで、人のために頑張れと言われても、これ以上は頑張れないということなのでしょうか。

でも、私たち障害者はこれからどんどん間違いなく歳を重ねていくので、今より状況が良くなることはなく、いずれ私も自分で生きていくことはできなくなると思いました。誰かの手を借り生きることから、逃れられないのではないでしょうか?

結局、私はこの運動をやらないよりはやった方がいいに決まってる、そう思う次第です。

これまで頑張って生きてきた人々に奇跡の一つくらい起きても、いいのではないだろうかと思いました。

増山ゆかり