前日のミーティングにおいてドイツからいらしたクラウス・ミシェルスさんの挨拶

今日はここに来ることができて大変うれしく思います。私の名前はクラウス・ミシェルスです。いつもアシストしてくれるので、息子を連れてきました。

息子さんの発言
私の名前はチム・ダビッド・ミシェルスです。いつも父をサポートしています。やっぱり日常生活の中でできないことがあるので、そのときは自分がやります。

クラウスさんの発言
ゆかりさんと初めて会ったのは数年前のことです。でもあれからずっと連絡を取ったり、意見交換をしてきました。

ゆかりさんにはぜひ日本に来てみたらと言われて、来ちゃいました。明日はシンポジウムがあるんですけれども、それを機に皆さんと会話したり、意見交換したり、自分たちの体験について語り合えたらなと思います。そして私たちドイツ側が例えばサポートできることがあったら、それもぜひしたいなと思っています。

自分が生まれたのが1961年になります。ドイツでサリドマイドのスキャンダルがあったのが1958年から62年までの間です。先ほど裁判の話があったんですけど、ドイツの場合ですと、1972年に裁判が終わりまして、和解に終わったんですけど、その時はドイツ政府とグリューネンタール財団と被害者の間の和解となりました。

その裁判のときに、被害にあった子どもたちの親御さん同士が会ったんです。そこで親側が、子どものために何ができるのか、みんなで話し合った方がいいのではないかっていう話になりました。それがきっかけになって、いろんな被害者団体が出来上がっていて、地域ベース、町ベース、地域ベース、郡ベースなどで、最終的にその連邦被害者協会っていうのができました。そこの連携が非常にうまくいっていて、要するに地域レベルからの情報が上がることもあれば、あるいは連邦、国ベースなど、国家の方で集めた情報が地域に降りてくるっていうようなことになっていて、具体的にどこでどのような助けとかが必要なのかがわかるようになったんです。

その後に国が作ったサリドマイド財団っていうのがありますし、あと会社ですね、グリューネンタールという会社が作った財団があるんですけど、とにかくこの財団が何で私たちにとって大事かって言いますと、そこからその障害年金がもらえるからです。

自分の障害が,どの程度のものなのかをとにかく分類しなければならなかったんです。どの程度の被害を負っているのかっていうので。自分が覚えているのは、一般の子供が子供の時にできることでできないことは何かと、とにかくやたらとテストされました。例えば木の板みたいなものがありまして、その上に鉄の細かい駒があって、それを自分の手でどのくらい動かされるものなのか試されました。

そういうテストをたくさんおこなった結果、自分の障害の程度とか、あと自分の体の不自由さはどれくらいなのかっていうのが決まって、それによって補償の金額が決まっていったんです。

またテストの話なんですけど、様々なテストがある中で、一つだけ。

ちょっとトラウマ体験として記憶にどうしても残っているものがありまして、それが自分の地元からちょっと離れた都会に行ったんですね。(町の名は聞き取れず) そのときも母と一緒でした。そのテストでいろんなものを測られたんです。膝の反応だったり、手のサイズ、レントゲンとか、母の役割っていうのが、いつも私の服を脱がす手伝いをすることだったんです。とにかくその日も母と一緒に病院に行ったんですけど、その時医師が、なぜか母は外で待ってて、2人きりになりたいと。

ただ、服だけは脱がせてくださいと母に頼んだんです。なので、服を全部脱いで、パンツ一丁になったんです。その時、自分がまだすごく若かったんですけど、その医師と二人きりになって、その医師の部屋から二人で出て行ったんです。医師とともにたくさんの部屋を通って、メインの廊下ではなくて、部屋と部屋の間の細い廊下を通って行ったら、たどり着いたのが講堂みたいなところです。とても大きな部屋。そこにたくさんの医師がいたんです。その医師たちが私をみんなで見るんです。どういう感じの体なのかを見て、最終的にパンツ一丁だったんですが、それも脱がされてしまって、みんなの前で裸にされて、ただただ見られていただけっていう体験をしてしまったんです。泣きました。(言葉に詰まる) 今は64歳なんですけど、その時のトラウマが忘れられませんし、正直サリドマイド被害者であることが今でも辛い時はたくさんあります。

セラピーも受けています。もちろんサリドマイドは、体験したことの一部でしかなく、自分のすべてではないんですけれども、それでもやっぱり自分のある部分であって、それで生きるのがしんどい時はたくさんあります。ただ、結果としては生きていて良かったと思っていますし、息子がいてよかったと思っていますし、あと、こうしてちょっとはゆかりさんのサポートもできるかもしれないということで、それは非常にうれしくは思っています。

一方で、自分の人生の中でいろんなことを成し遂げました。例えば子供の時は自転車に乗ったり、スケートをしたり、あと息子とスキーを滑ったりとか、いろんなことを結局体験しました。自分の趣味の一つが、例えばチューバっていう楽器があるんですけど、チューバの演奏で、たくさんの友達ができましたし、あと凧を上げることが趣味の一つで、すごく今楽しくて、写真の見せ合いをしたりします。あとチェスの大会にずっと長年参加してきて、ずっと割といいポジションで戦ってきたんです。とにかく自分ができることを見せることで、一つの満足を得ることはあったんです。

仕事は階段を設計していました。最初は手でパースなどを書いてたんですけど、最近はパソコンの技術が出てきて、そこで設計したりとか、いろんなリストのデータ入力をするのが私にとってすごく楽しかったんです。自分にもやっぱり価値があるんだと、ちゃんと仕事ができると、そういう実感が湧いていました。ただ、体的に限界が来たのが25年前のことで、結局そこで仕事を辞めたんですね。辞めざるを得なかったっていうか。ただまあ、そのあとでもやっぱり休むことなく、別に何ができるのか探して、いろんなボランティアをやるようになりました。例えばアルコール中毒者とか薬物中毒者のサポートとか支援っていうようなことを最初はやりました。

のちに地域ベースのサリドマイド被害者の会のボランティアをやって、今だともう連邦の組織でやっています。国ベースのサリドマイド被害者協会で活動をしています。

先ほど、ゆかりさんの話の中で、日本にもドイツみたいなリハセンターができたらいいのになって話だったと思うんですけど。確かに、このセンターにはたくさんお世話になっています。ドイツには10のセンターがあります。アイディアそのものは非常に自分もいいと思っていて、センターによってちょっと良し悪しはあるかなっていう印象なんですけど、ただお気に入りの施設もありまして、ゆかりさんが実際に訪れたニューン・ブリッジ(ノイブルクのことか?)のは自分のお気に入りのところになっています。そこでいろんな検査を受けることができて、例えば、自分は心臓が弱くて検査していたら、どうもその血流がうまくいってなくて、流れる60%がまた元に戻るっていうような状態なんです。それが検査しないと気づかなかったかもしれない一つの点です。昔ハーフマラソン走ってたのに全然気づかなかったんです。

そういうように、検査してみないと分からないことがたくさんありまして、すごくこのセンターは有意義なものだと思っています。例えば、4年前にヘルニアになってしまいまして、いい医師、自分を見てくれるような医師がいないかということで、その被害者協会の友達のクラウリアに電話してみたら、実際にいい医師を紹介してくれて、とても遠いところにいたんですけど、そこまで行って手術してもらって治したんですね。その時まで自分はずっと車椅子生活だったんですけど、今は立って歩くことができます。ただまぁちょっと歳なので、今だと200mだったら痛みなしに歩けるんですけど、それ以上たくさん歩くとやっぱり痛みが出てくるので、ゆかりさんがわざわざ今回自分のために車椅子を用意してくださったのは、本当にありがたいです。助かっています。

明日はシンポジウムなんですけれども、今回の来日にあたって持ってきたものがありまして、ちょっとしたアイディアですね。自分が考えたものなんですけど、紙の袋があります。これが袋ですね。その中にキャンドルやティーライトを入れて灯します。紙袋にはステッカーを貼ってそれがどういう意味を持ってるかっていうと、ちょっとしたなんか、なんですかね、デモなのかな。それぞれにパーツに意味がありまして、まずは袋っていうのがみんなでアイデアを集めるためのものですね。この中に可能性とかアイデアとか皆さんの思いをたくさん入れたい。火を入れると危ないかもしれないけど。

いいんじゃないですかね。というのが袋ですね。このキャンドル、ティーライトっていうのがドイツの習慣でもあって、日本でもそういうようなものがあると聞いたんですけど、この年まで生きてこれなかった人たちですね。被害者を偲ぶためのものにしたいなと思うんですね。我々はその分生きているっていうので、ぜひそのキャンドルも入れたいと。皆さんのアイデアを袋の中にも入れて、で、さらにこういう、なんか日本だとあまり声を上げてデモをやることはしないと聞いてるので、静かだけどものすごくインパクトのある静けさで、自分はアピールしたいなっていうことで、ステッカーが貼ってあるんですけど、これはゆかりさんになっていて、メッセージは3か国語で書いてあるんです。尊厳を持って生きるとか。なんかそういうようなことを書いてアピールするのです。尊厳ある生活。じゃあ、これを皆さんに回しましょう。

参加者からの声
それは100ショップでLEDのライトが売ってるから、それを入れたら,安全かもしれません。

ぜひそれにしましょうか。皆様に聞きたいのは、これ今見ててなんとなく意味わかりますかこの自分の説明、なんとなく伝わるんでしょうか。

私は日本人ではないですし、もちろん日本の文化をネットで読んだものでしか理解してないので、これでみんな何か伝わるのかなとちょっと心配なんですけど、とにかく自分の思いとしては、皆さんの努力ですよね。皆さんの頑張りにはちょっと火がついてほしいなっていうのがあるんです。これからは。

明日のシンポジウムでは、ゆかりさんのアイディアをぜひ論述したいと思っていますし、皆さんがそこに参加してくれれば僕もうれしいです。