最初の頃は、何十年もの間、私たちはグリュネンタール社の門の前で必死になって座り込みをしたり、ローソクに火をつけたり慰霊を行うなど繰り返していました。しかし、目立った効果はありませんでした。2007年だったと思いますが、テレビ局はフィクションのドラマを作りました。私たちは一生に一度のチャンスを掴まなくてはならないと思いました。それをきっかけに何かを変えなければならないと、われわれは思っていました。他の国では国からの支援も充実していて、健康問題でもさまざまなサポートが行われていたことを知っていたからです。
当時は年金が低く、生活が厳しい人もいました。ドラマが放送されると、世間はドラマに注目、多くの人が視聴しました。過去の映像を使ったドキュメント番組も作られました。サリドマイド/コンテルガンが社会で話題になり、国は仕方なく、私たちに年金を2% 上乗せすると言ってきました。足りないと言ったら4%にすると言ってきました。それはわずか20ユーロだけでした。国との交渉には何か対策を考えなくてはいけない、どのような方法が良いのか、どのような形が望ましいのか考えた結果、NPOのようなものを作ると選挙が必要だったり、何かアクションを起こそうとすると、メンバーの同意がなければできないということで、かなり時間がかかることがわかりました。ことが進まないと市民運動のための団体を作ることにしました。これがInternational Contergan Thalidomide Alliance/ICTAです。2008年、ケルンで初めての集会を開きました。10人ほどが集まりました。ずっと犠牲者/被害者でいたいのかと問いかけました。
以上はドイツでインタビューした内容。
国際サリドマイドシンポジウムでこのビデオが流されたあと、ネットで繋いでインタビューした内容はこちら。



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