皆さん、おはようございます。
英語とドイツ語と日本語と、あと手話通訳が入っておりますので、今ちょっと非常にズームのつなぎ方が難しくて。何度もシュミレーションしてたんですけれども、ちょっと最初の間はバタバタすると思うんですが、そのあたりお許しいただければと思います。またあの、先ほどのQRコード読み込めたでしょうか。
読み込めてない方いらっしゃいますか。大丈夫ですか。もし読み込めてない方いらっしゃったら、スタッフやどなたかわかってそうな人に声をかけてください。そこを見ないと話がわからないっていうことになっているわけではないんですが、進行の手順をご案内させていただいています。知り合い同士の本当にうちわの、アットホームな集まりになりますので、あんまりきっちりとやろうと思わずに、失敗しても笑って許していただければというふうに思います。
では、国際サリドマイドシンポジウムのためのご挨拶をさせていただきます。ドイツではサリドマイドの当事者が自ら人生を語ることができます。自らがです。今までなかなか自分のことを、言っていなかったんですけれども、それをですね、声を上げるようにしました。それによって意思決定や社会の価値観を動かすきっかけになりました。当事者が声を上げ続けたことで、人として尊厳のある人生を送りたいというドイツのサリドマイドの人たちの思いに社会が共感し、それで社会を動かしてきました。当事者からすると、非常にその時には、人生の中で理不尽だったり、ものすごく、本来なくていいような苦しみをたくさん受けるような人生でもありました。しかし、彼らは制度を変える。つまり自分がちゃんと、尊厳のある人生を歩めるよう頑張るんだっていう気持ちをみんなで一つにして、社会を変えていく後押しにしていきました。
正直、日本とドイツでは、言葉だけじゃなくて、文化やその国の仕組みも全く違うわけです。ドイツがやったことを日本がやれば日本変われるのかっていうのは、そんなことはありません。そんなことを考えてもいません。ただ今、私たちがこの国際シンポジウムで、自分たちのことを発信していきたいっていうのは、やはりドイツの方が自分の人生をどう考えて、どの行動をして、それでどのような生き方が自分のあるべき姿なんだっていうことに、どう向き合っていったのかっていうことを知ることが、とても重要だと思いました。
私は今まで幸せに、もし自分が幸せであれば、もうそれで自分はサリドマイドであることにリベンジできたと思ってたんです。ところが、実際にドイツの人の姿を見て、もちろん人として幸せになるってことは大事だけれども、それと同じぐらい私の人生は尊厳のある人生だったのかと。人としてきちんと人権を行使できた人生だったのかっていうことが非常に大事なものだと思いました。
なぜなら私たちが歩く道は、やがて誰かの行く道でしたし、私たちが我慢すれば、やがて誰かの我慢につながっているからです。ぜひ今日は時間も長いですし、通訳や手話通訳で、時々止めたりしなきゃいけない時もあるかもしれないんですが、ぜひぜひ皆さんで、社会が、私たちがどういう人生を選びたいかっていうことを考える時間でもあってほしいし、社会が、つまりここに参加されている皆さんが、社会が、需要が、どうこの問題を捉えるべきなのかってことを、ぜひ考えていただく機会にしていただければと思います。
どうもありがとうございました。


