私の名前はTJ ワンです。イリノイ州立大学の名誉教授です。私は台湾のサリドマイド被害者38人のうちの一人です。普段は会計の仕方を教えています。今日この場に来れて大変うれしく思います。大変光栄です。
ゆかりさん、そしてワンチームの皆さんにこの招待を本当に感謝しております。ありがとうございます。
公の場で台湾の被害者が話すのは今日が初めてなのではないかと思っています。なので、今日は台湾の被害者から見た被害の状況について話したいと思います。
たくさんは語れないかもしれないんですけど、ただ、自分の話には価値があって、ぜひ世界に知ってほしいなと思っています。信じられないかもしれませんけれども、サリドマイド被害者と直接お会いできるのは今日で2回目です。
私は台湾生まれですが、22歳のときにアメリカに移住しました。そして3年前、定年退職しまして、自分が生まれた故郷の台湾に戻ることを決意しました。そして台湾では、サリドマイの被害者として、いくつかの問題に直面しました。それがきっかけで、もう少し台湾のサリマイド被害者について調べようと思った次第です。
NHKが作ったサリマイド被害状況についてのドキュメンタリー番組を、ユーチューブで見ました。そこで、その番組を見て、ゆかりさんという存在を知って、彼女に連絡することにしました。それが2、3ヶ月前のことです。
そこで彼女が私に聞きました。「あれ? 台湾にもサリドマイド被害ってあったんですか? その薬は台湾にもあったんですか?」
それで今の検索ツールで一番人気なのはAIかと思うんですけれども、自分もAIを使って検索しました。その検索した結果がここ今出てるものなんですけど、そこに何が出たかっていうと、台湾は1950年代から60年代にサリドマイドを承認輸入使用していなかったので、台湾には直接的な影響はなかったっていうふうにAIは答えているんですね。なので他にもAIで全く同じ質問された方がこういう結果を見ることになるのではないかと思います。なんでこんな結果を表示するのかソースを探してみました。人々はAIを信じます。でもAIも間違うものです。
AIはなぜ間違えたかを探ったところ、次のように書かれた二つの原典を見つけました。そこに何が書いてあったかっていうと、アメリカ、東ドイツ、台湾など、薬の輸入を承認しなかった国もあったっていうふうに書いてあったんです。そこで自分が著者に連絡しました。すると著者が謝ってきました。間違った情報を広めて、すみませんと。そこで著者が書いたことを修正しようとしたんですけれども、修正したところで、引用された情報がすぐに全て直るわけではないので、まあ時間かかることだと思います。
これで今、3年間台湾に戻って暮らしているんですけれども、やはりサリドマイド被害のことを知っている人が非常に少ないことを実感します。しかも、医師でありながらわからないという人もいるんですね。
だから、この被害状況を世界に知らせるべき時が来たと私は信じてます。日本の皆さんは1962年からご存じであることを知っています。でも少なくとも私はこの実情を台湾に持ち帰らなければなりません。台湾のサリドマイド被害者は、世間によって完全に忘れられた存在です。一体それはどうしてなのか調べました。日本でも認識されていますし、ドイツでも認識されているのに、なんで台湾では誰もこの被害を認識していないんでしょうか?
一つの理由は、もしかしたら台湾の戒厳令のせいかもしれません。それが1947年から1987年までのことです。自分が調べた結果、一応台湾ではサリドマイドっていうのが1958年から1962年の間に承認されていました。それで日本が薬を回収したのが1962年9月のことだったと記憶しています。台湾ではさらにその数週間後になります。日本とかと違って台湾は戒厳令下にあったので、消費者保護という感覚はありませんでしたし、消費者として裁判を起こすことすらできませんでした。
1974年、日本の被害者が大日本製薬と和解したあとに、台湾政府のチームが同じように和解に向けて協議を進めました。
その和解の状況なんですけれども、それについてニューヨーク・タイムズの記事があります。そこに書いてあるのが、被害者38名には合計約60万ドルの補償金が支払われるっていうふうに書いてあります。
自分は当時15歳か16歳ぐらいだったと思うんですけど、このことは自分の母から聞きました。なので台湾に戻ってから、さらにその件について調べることにしました。そこで知った一つの特徴は保証ではなくて、補助という形でお金が支払われていたことです。さらにその補助の金額なんですけど、大日本製薬が3分の2しか負担していないことです。
では、なんでそうなったかといいますと、それは日本と同じにしたからです。日本の場合だと3分の1は政府が負担していて、台湾も同じ形になったということです。この補助金額の根拠なんですけれども、平均的な労働者の月収を55年間計算したものになります。さらに障害の重度を10段階で評価されて、一段階下がるごとに5%減額されました。こういうようなディティールを私は見つけました。1980年に台湾では心身障害者福祉法が制定されました。これで様々な障害を持った方々の補償ができるのではないかという思いで作られた法律です。それ以降、この法律は何回か改正されてきました。さらに1990年代後半になるんですけれども、薬害救済制度を設立しました。
しかし、台湾政府は、この新しい制度ができたにもかかわらず、サリドマイド被害者に対して何の補償や支援を行っていません。少なくとも自分が知っている限り。
次に、製薬会社の責任について調べてみました。まず言いたいのが、私たちはみんな被害者なんですね。生まれる前から被害者なのです。そこでやはり責任はグリューネンタール社にあると思い、自分が会計の仕事をずっとしてきて教えてきたので、グリューネンタール社の売り上げはどうなっているのかを見ることにしました。そしたら、2023年の売上高は18億8000万ユーロになっています。
クラウスさんにぜひ修正していただきたいんですけど、確かに、グリューネンタール社から補償金を支払われたのが70年か72年のことですかね。さらに謝罪があってグリューネンタール財団が設立されたのが2012年のことですね。
グリューネンタール社と財団が今までどんなことをしてきたっていうのが、おそらくこのあとの話で詳しく聞けるのではないかと思うんですけど、自分としてはすごく感心しているのが、2023年の頃ですね。そこで対話フォーラムみたいなものが設立されました。イギリスなんですけれども、ディアジオ社という名前の製薬会社があります。この会社は前の名前がデュスティダーズだったんですけれども、その会社がグリューネンタール社から薬を輸入した会社になります。その会社の売り上げはどうなっているのかを見てみました。去年2024年の売上高というのが180億ユーロでした。この会社も1973年にやはり補償金を支払っています。同じタイミングでサリドマイド基金というものを設立しました。さらにこの会社は、イギリスの会社なんですけど、オーストラリアやニュージーランドにも薬を輸出していたので、そこにいる被害者の支援も行っています。次に住友ファーマを調べました。これは大日本製薬と一緒になった会社ですね。具体的にいつ合併して一緒になったのかわからないんですけど、ジャーナリストの皆さんが正しい数字をご存知かと思いますのできっと助けていただけるでしょう。
売上高なんですけれども、去年23億6000万ユーロになります。
台湾ではそもそも補償ではなく補助金が支払われたのが1975年から1976年の間になります。台湾での支払額なんですけれども、150万円から900万円の間ぐらいですね。日本で支払われた額は全然違っていまして、2800万円から4000万円の間になります。それはやはり補償ではなくて、その補助金という形だったので、日本の金額の5%から20%ぐらいのものにしかなっていないわけですね。なので、今日は撮影も入っているわけなんですけれども、住友ファーマが自分の倫理観をぜひ思い出していただきたいなと思っています。本部は確かに日本にあるかもしれないんですけれども、一応これはグローバルカンパニーなんですね。全世界で仕事している会社です。自らの意思でグローバルカンパニーになったわけなので、ぜひグローバルなルールにも従っていただきたいんです。社会の中でいろんなことに貢献するだけではなくて、倫理的な責任も生じると私は思っています。
台湾は現在、アジアの中で最も強靭な民主主義国家というふうに認識されているんですけれども、ただ忘れてはならないのが、権威主義から民主主義に切り替わったのが、たった40年前のことなんです。なので、今日はこのイベントを通じて、あるいは日本の力で、どうにか台湾の被害者の救済が実現できればと願っています。
現在、自分がどんな活動をしているかといいますと、ほかの台湾のサリドマイド被害者を探しているところです。地方議員の力を得ながら、どうにか台湾の政府に働きかけられないか、そういう道を探っています。なので、今日はぜひゆかりさんから日本の被害者の経験、体験を知り、さらにドイツの被害者の話を聞いて、それを全部台湾に持って帰りたいと思っています。
最後にもう一度、ゆかりさんにこの招待、素敵なおもてなしを感謝したいと思います。そして、皆さんが参加しているワンチームの成功を祈っています。私も応援しています。ありがとう。


